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広島高等裁判所 昭和39年(う)10号 判決

控訴人・被告人 滑敏秀 外一名

弁護人 本間大吉 検察官

検察官 寺下勝丸

主文

原判決を破棄する。

被告人滑敏秀を懲役三年六月及び罰金三〇、〇〇〇円に、被告人滑美代子を懲役八月及び罰金五〇、〇〇〇円に処する。

被告人滑敏秀につき原審における未決勾留日数中二一〇日を右懲役刑に算入する。

被告人らが右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

但し被告人滑美代子に対し本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は全部被告人滑敏秀と原審の相被告人池田明雄、同池田輝明との連帯負担とし、当審における訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

被告人滑敏秀の弁護人本間大吉の強盗傷人被告事件に関する控訴の趣意は記録編綴の同弁護人作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり検察官の売春防止法違反被告事件に関する控訴の趣意は広島地方検察庁呉支部検察官検事村上三政作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人本間大吉作成名義の答弁書記載のとおりであるからここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

第一、被告人滑敏秀に関する弁護人の事実誤認の論旨について

〈省略〉

第二、被告人滑敏秀、同滑美代子に関する検察官の論旨について

一、所論は、原判決は建物の貸主において当初情を知らずにこれを貸与した後に、借主が同所で管理売春を行つていることを知つた場合に、その後引続いて賃貸借契約を更新して借主に同建物の使用を継続させたというだけで、直ちに売春防止法第一三条第二項所定の建物提供罪が成立すると解するのは相当でなく、かかる場合、同罪が成立するためには、契約更新のほかにこれに附随してその貸主が、借主の管理売春をする行為を容認し、これを幇助する意図の推測される事実が存することを要すると判示しているが、右の場合賃貸借契約を更新して当該建物を引き続き貸与する行為は、とりもなおさず同法第一三条第二項の建物提供行為と解すべきであつて、原判決のごとく契約更新の事実のほか借主の管理売春行為を容認し、これを幇助する意図の推測される事実の存在を必要とするものと解すべきではない。仮に原判決の右見解が正当なりとしても被告人らには高田サカエの管理売春行為を容認し、これを幇助する意図を有していたことを推測せしめる事実が認められるから、被告人らの契約更新は同法第一三条第二項に該当するものであると主張するのである。

そこで判断するに、売春防止法第一三条第二項は同法第一二条所定の業(以下管理売春と略称する)をする者に対する幇助行為のうち、その業に要する資金、土地又は建物を提供する行為を特に悪質なものとして重く罰する趣旨で独立罪として規定したものであるが、もとより貸主において借主が管理売春をなすことの認識あるを要し、反面右認識の下にこれに要する建物等の提供をなした場合には、それのみで管理売春を幇助する意思を推認することができるし、しかも右規定を幇助犯に独立性を認めた独立罪と解する以上、正犯としての管理売春の罪の成立をまたないで当然同法第一三条第二項の罪が成立するものと解すべきであつて、原判決の如く、同条の罪が成立するために更に右認識のほか管理売春の所為を容認し、これを幇助する意図の推測される事実をも必要とすると解すべきではない。しかして同条項に所謂「建物の提供」(本件では建物の賃貸借契約の更新が問題となつているので、以下建物の賃貸借の場合についてのみ考察することとする。)とは、その建物を借主において管理売春の用途に使用し得る状態に置く所為と解すべく、右所為はもとより作為であると不作為であるとは問うところではないが、賃貸人において当初賃貸する際には、賃借人がその賃借家屋を管理売春の用途に使用することを知らなかつたけれども、その後賃貸期間中途に右情を知つた場合、その知情の時以後右賃貸借契約を解消せしめる手段を講じないでそのまま使用せしめたとしても、これを以て当然前記「建物の提供」があつたものと解し、前記法第一三条第二項の刑事責任を負担せしめることはできないというべきである。何となれば、賃貸人は、契約期間内は賃借人に対して賃貸家屋を使用収益させなければならない法律上の義務を負担しているのであるから、右知情の時以後もこれをそのまま引き続いて賃借人に使用せしめていることは、その義務の履行としてやむをえないものであつて、賃貸人としては、賃借人が賃借家屋を管理売春の用途に使用していることを以て借家法第一条の二に所謂「正当の事由」に該当するとしてその賃貸借契約を解約する権利を取得することはあるとしても前記契約上負担する使用収益義務との関係において、この権利を行使するなど契約を解消しなければならない作為義務を負担するとは解せられないので、賃借人をしてそのまま使用せしめたことを以て、不作為による所謂「建物の提供」が成立すると解することは困難であるからである。

しかし知情の後一旦賃貸期間が満了した際、引き続いて賃貸借関係を継続せしめる賃貸借契約の更新がなされた場合においては、右と異りその更新が賃貸借人間の契約に基づく場合はもとよりのこと、民法第六一九条による黙示の更新、借家法第二条による法定更新の場合においても、所謂「建物の提供」がなされたものと解するのが相当である。すなわち契約の更新の性質を前契約が一旦終了し、これに接続する新しい同一内容の契約が成立すると解するか、又は前契約が同一性を保つて存続し、賃貸期間のみが延長されると解するか、そのいずれをとるとしても、売春防止法第一三条第二項が、建物を管理売春の用途に使用し得る状態に置くことを禁じていることは、当然賃貸人に対して契約の更新を阻止すべき作為義務を課しているものというべく、しかも賃貸人としては、賃貸期間の満了に当つて正当事由に基づく更新拒絶の意思表示をして賃貸借関係を終了せしめ、賃貸家屋の明け渡しを求めることができるにもかかわらずこれをなさず、或いは敢えて賃借人と更新契約を締結し、或いは賃貸期間満了のほか前記黙示の更新、法定更新の法律効果が当然発生することを知りながら、敢えて賃借人の使用継続に対して異議を述べず、もしくは更新拒絶の通知をしないで、法律に規定する契約更新の効果を発生せしめ、その結果賃借人をして引き続き建物を使用し得る状態に置いたことは、一旦は終了し又は終了すべき運命にあつた賃貸借関係を、賃貸人の意思によつて引き続いて継続せしめ、因つて賃貸人において将来に向つて更に管理売春の用途に使用することができる状態を作り出したものというべく、このことは、賃貸人が当初からその情を知りながら賃借人に管理売春の用に使用する建物を賃貸した場合と何ら異るところはないから、前記知情の後契約の更新がなされた場合には、右更新が賃貸人の作為に基づく場合は勿論のこと、賃貸人の不作為により法律上更新があつたものと推定され又看做される場合においても、所謂「建物の提供」があつたものとして売春防止法第一三条第二項の処罰の対象となるべきものと解することができるからである。

三、しかして本件につきこれをみるに、記録中の被告人滑敏秀の検察官に対する同年二月二〇日附供述調書、被告人滑美代子の司法警察員に対する同年二月九日附、検察官に対する同年二月一六日附各供述調書を総合するとつぎの事実が認められる。

すなわち、本件建物はもと被告人滑敏秀(以下被告人敏秀という)が所有者中森好夫、その後宇都宮恵から賃惜し被告人滑美代子(以下被告人美代子という)が同建物内において管理売春を業としていたところ、売春防止法違反の罪に問われたため、自らはこれを業とすることを止め、その一部を昭和三六年一〇月一日から、被告人美代子が、被告人敏秀を代理して高田サカエに対し賃料一ケ月一万八千円、夜具一切の賃料一ケ月一万二千円、敷金三万円の約で転貸することとし、当時所有者の宇都宮恵が本件建物以外の他の賃貸家屋につき明け渡しを求めていて、早晩、本件建物についても明け渡しを求めることが予想される状況に至つたので、一応期間を一年と定めたが、期間内でも被告人らが所有者から明け渡しを求められた場合には、何時でも明け渡すべきことを口頭で約した。

高田サカエは本件建物においてふみよ旅館を経営したが、昭和三七年九月末、賃借期間満了の際、被告人美代子は、高田サカエが他の建物で同年一二月一五日バーを開店することを目標にしていることを知つていたので、被告人敏秀と相談のうえ、契約更新はやむをえないと考えて、「家主から明け渡すよう言われているから一二月一杯で出て頂戴よ」と申し向け、三ケ月間に限り契約の更新を認め、一二月末の期間満了の際は、再び高田サカエの懇願により同女が現実にバーを経営できる時期まで一ケ月間明け渡しを猶予することにし、昭和三八年一月一六日前記強盗傷人事件が発生し、同時に売春防止法違反の嫌疑で取り調べを受けるに至つたことが認められる。

もつとも高田サカエは司法警察員及び検察官に対し、当初の賃借期間の約定を六ケ月と述べ、被告人美代子は原審公判廷において、本件賃貸借につき、期間を定めなかつた旨供述しているけれども、右各供述は前掲証拠に徴し措信しない。

四、右認定事実によると、本件建物賃貸借契約締結の際は双方合意のうえ期間を一年と定め、昭和三七年九月末の期間満了時において、被告人らの明示の意思表示に基づき、期間を三ケ月に限つて契約を更新したことが認められ、本件公訴事実は右更新の事実を「建物を貸与して提供した」として起訴したものである。

五、そこで被告人らにおいて、高田サカエが管理売春をなしていることの情を知つた時期について検討を加える。前掲各証拠のほか高田サカエの司法警察員に対する昭和三八年二月八日附供述調書、検察官に対する同月一二日附、同月一三日附供述調書、被告人敏秀の司法警察員に対する同月四日附、同月七日附各供述調書及び昭和三八年二月一四日附捜査状況報告書(図面添附)によれば、被告人らが高田サカエに転貸した本件建物は、一軒の家屋の二階と階下の一部分であつて、もと被告人美代子が金星旅館を経営していた部分であり、その他の階下の大部分は、被告人らが居住し、かつ、バー「火星」を経営していて、両者は、出入口、炊事場、浴場を共用として、私設電話を以て常時連絡できるようになつていたから、右建物の構造等からして、被告人両名としては、高田サカエが経営するふみよ旅館の実態を充分認識しうる関係にあり、しかも前掲証拠によれば、被告人美代子は、高田サカエに本件建物を旅館として転貸するに際し、「商売人(売春婦のこと)には気をつけんさいよ、一晩に一回位なら言い逃れができるが、二回以上はあげんさんなよ」と注意を与え、高田サカエが売春婦を置くことを警戒していたこと、(高田サカエとしては当初から売春婦を置くつもりでいたが、被告人らには明らかにしていなかつた)、昭和三七年四月の花見時分、売春婦四名位が本件建物へ毎日出入りして、派手にやつたことがあつた時、被告人敏秀が、高田サカエに対し「あんたら賑やか過ぎるぞ」と注意し、又その後「ええ加減にして貰わにやうちも困る」といい三回目位には「なんぼいうてもあんたら聞かんのならうちにも考えがある」と申し向けていることが認められ、被告人美代子は、自ら検察官に対し「昭和三七年八月頃、高田サカエがてるチヤンという子や他に二、三人の女の子を住み込ませて売春をやらせていることが判つた」と供述しているし、被告人敏秀は、自ら検察官に対し「昭和三七年二、三月頃高田方が騒々しいのと、売春婦風の女の出入りが激しくなつたので、高田が売春宿にしていることに気付いていた」と供述しているから、被告人両名としては、遅くとも昭和三七年八月頃には、高田サカエが本件建物において管理売春をなしていることの情を知つていたものと認めることができる。そうすると、前認定にかかる同年九月末の契約期間満了の際、期間を三ケ月と限つて契約を更新した時には、すでに右情を知つていたものであることが明らかである。

六、従つて被告人らは共謀して、高田サカエが管理売春をなしていることを知りながら、これに要する建物を提供したものである。

弁護人は答弁書において、仮に被告人らが右情を知つて本件建物を提供したことになつても、被告人らとしても、高田サカエに対し管理売春の行為を止めさせるべく努力していることが認められるから、違法性を阻却するか、期待可能性がない旨主張しているが、そのような努力を多少したからといつて、前認定のごとく被告人らが情を知りながら、しかも契約更新をするか否かの自由を有することの認識を有しながら、建物提供に該当する契約更新の意思表示をなしている以上、これが売春防止法第一三条第二項に該当する違法有責な行為といわざるをえない。

七、以上認定のごとく被告人らの所為は、売春防止法第一三条第二項に該当することが明らかであるから、本件訴因につき証明不充分として無罪を言い渡した原判決は、法令の解釈適用を誤つた違法に基因するものであり、ひいては判決全部に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の論旨について判断するまでもなく破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで被告人敏秀の控訴は理由がないが、被告人両名に対する検察官の控訴は理由があるので、刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条に従い原判決を破棄することとし、同法第四〇〇条但書に則り当裁判所は直ちに判決する。

(罪となるべき事実)

第一、被告人滑敏秀に対する強盗傷人の所為は、原判決が判示するとおりであるからこれを引用する。

第二、被告人滑敏秀、同滑美代子は、共謀のうえ、昭和三七年九月下旬頃、呉市曙町一丁目三番地自宅において、高田サカエに対し、同人が被告人らよりすでに借り受けている同家二階五部屋及び一階の一部において、売春婦数名を居住させ、これに売春させることを業としていることの情を知りながら、これに要する右建物の賃貸借契約を更新して、同年一〇月一日から昭和三八年一月中旬頃までの間、右家屋の同部分を賃料一ケ月一万八千円で貸与して提供したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人滑敏秀の強盗傷人の所為は、刑法第二四〇条前段、第六〇条に、被告人両名の売春防止法違反の所為は売春防止法第一三条第二項、第一二条、刑法第六〇条、罰金等臨時措置法第二条に該当するところ、強盗傷人罪の刑については有期懲役刑を選択し、被告人滑敏秀については強盗傷人罪と売春防止法違反の罪とは刑法第四五条前段の併合罪であるから、懲役刑につき同法第四七条、第一〇条、第一四条に則り併合罪の加重をなし、同法第六六条、第七一条、第六八条第三号により酌量減軽した刑期及び所定の罰金額の範囲内で同被告人を懲役三年六月及び罰金三〇、〇〇〇円に処し、被告人滑美代子については、所定の刑期及び罰金額の範囲内で同被告人を懲役八月及び罰金五〇、〇〇〇円に処することとし、被告人滑敏秀に対し刑法第二一条に則り原審における未決勾留日数中二一〇日を右懲役刑に算入し、被告人両名に対する換刑処分につき刑法第一八条を適用し、被告人滑美代子に対しては諸般の情状懲役刑の執行を猶予するを相当と認め、刑法第二五条第一項を適用して、本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予し、刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条を適用して、原審並びに当審における訴訟費用につき主文掲記のとおり被告人らに負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋英明 裁判官 福地寿三 裁判官 田辺博介)

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